日月火水木金土-七曜来福
★七曜來福★七つのリズムで機嫌よくいきましょう¢(⌒⌒) 占い師フーガ・マリーナの日記です。・*
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狛犬とタロットの力のカード
日曜日ですね、日曜は祈りをテーマに書いています。
誰かのために見返りを求めない祈りを捧げる一瞬を、意識して作りたいです、週に一度ぐらいは。
神様はご先祖様への感謝。
自分が今日を無事にすごせたことへの感謝。
なんでもいいんです。
今日は一日がいい意味で長く感じます。時間がゆっくり流れているような・・・タロットの研究がいっぱい出来ました。
ちなみに、10月31日まで、紀伊国屋浦和パルコ店では、タロットと世界のトランプフェアを開催中です。
カードの見本ファイルも置いてくださっているので、買ったけど失敗!っていうのがかなり軽減されますよ。
結構めずらしいものもありました(ウィンドミル(純日本製)とか、Fantastical Creatures Tarot (超幽界っぽいカード、カメが出ているので買いたかったけれど、この道を行かないと決めたので誘惑に勝ちました)とか。トランプもまんまるカードとか楽しいですよ、見てるだけでも(^^)
さてさて
ロンバルディアのタロットAncient Tarot of Lombardy : 1810 このカードはマルセイユ系です。
大アルカナの塔が、すっくと立っていて、禍々しい感じがしません。天文台とか蔵とか、記念碑のようにも見えます。
太陽のカードも太陽の光が長く描かれていて、羽のはえた子供がふたり踊っているかようで素敵です。
塔と太陽はこちら。
悪魔も鬼というか、ちょっと角が生えた異教の神という感じで不吉感控え目。ここはいろんなタロットの画像がみられます。
力のカードは男性で獅子のような長毛の猛獣らしき獣の口をあけています。
この獅子をみると、神社の狛犬を思い出しませんか(って画像ありませんが^^;;)
これは、獅子も狛犬も名称はともかく、邪気を食べてくれていそうです。だから口をあけるのをいやがっているのでしょうか・・・。
そして、愚者のカードでは、犬が愚者の足にからみついて、愚者のことを気にかけています。
フーガのタロット解釈では、愚者は10番運命の環の次に配列しています。タロットカードの11番と愚者の二枚だけが、大アルカナのなかで異質な役割を持っています。
0の愚者で描かれている子犬が、特別な力を持つ聖獣に11の力で変化しました。
毛足の長い犬が描かれていたのが、獅子に変化していったのも、狛犬を思い出せば自然ですね。
日曜日、ロンバルディアタロットを研究出来たことに感謝です。おやすみなさい~。
日本旅行「赤い風船」
誰かのために見返りを求めない祈りを捧げる一瞬を、意識して作りたいです、週に一度ぐらいは。
神様はご先祖様への感謝。
自分が今日を無事にすごせたことへの感謝。
なんでもいいんです。
今日は一日がいい意味で長く感じます。時間がゆっくり流れているような・・・タロットの研究がいっぱい出来ました。
ちなみに、10月31日まで、紀伊国屋浦和パルコ店では、タロットと世界のトランプフェアを開催中です。
カードの見本ファイルも置いてくださっているので、買ったけど失敗!っていうのがかなり軽減されますよ。
結構めずらしいものもありました(ウィンドミル(純日本製)とか、Fantastical Creatures Tarot (超幽界っぽいカード、カメが出ているので買いたかったけれど、この道を行かないと決めたので誘惑に勝ちました)とか。トランプもまんまるカードとか楽しいですよ、見てるだけでも(^^)
さてさて
ロンバルディアのタロットAncient Tarot of Lombardy : 1810 このカードはマルセイユ系です。
大アルカナの塔が、すっくと立っていて、禍々しい感じがしません。天文台とか蔵とか、記念碑のようにも見えます。
太陽のカードも太陽の光が長く描かれていて、羽のはえた子供がふたり踊っているかようで素敵です。
塔と太陽はこちら。
悪魔も鬼というか、ちょっと角が生えた異教の神という感じで不吉感控え目。ここはいろんなタロットの画像がみられます。
力のカードは男性で獅子のような長毛の猛獣らしき獣の口をあけています。
この獅子をみると、神社の狛犬を思い出しませんか(って画像ありませんが^^;;)
これは、獅子も狛犬も名称はともかく、邪気を食べてくれていそうです。だから口をあけるのをいやがっているのでしょうか・・・。
そして、愚者のカードでは、犬が愚者の足にからみついて、愚者のことを気にかけています。
フーガのタロット解釈では、愚者は10番運命の環の次に配列しています。タロットカードの11番と愚者の二枚だけが、大アルカナのなかで異質な役割を持っています。
0の愚者で描かれている子犬が、特別な力を持つ聖獣に11の力で変化しました。
毛足の長い犬が描かれていたのが、獅子に変化していったのも、狛犬を思い出せば自然ですね。
日曜日、ロンバルディアタロットを研究出来たことに感謝です。おやすみなさい~。
日本旅行「赤い風船」
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忍者
水曜日は、変身がテーマの曜日です。
変身といえば忍者ですね(^^)
思い通りにいかない時には、忍者のつもりで、
忍法抜けがら(いるけれどいない)
忍法いないふり(いるんだけれど気配を消す)
忍法別人(いつもの自分とは違う人)
各種忍術を駆使して乗り切りましょう。
忍者は、自己主張はしませんが、五感、六感は動かしています。
自我(やりたくない、疲れた、なんかやだ)が暴れて、折角の今日という一日をうまく生きられない日は、忍法を使って乗り切るのもよいかもしれませんよ(^^)
手に負えない自我を休ませていい日をすごしちゃいましょう。
うちのペットの座敷亀の一匹は、よく『忍法亀隠れ』を使います。
ここにいたと思ったのに、もういない!
いないかと思ったらもういる!
いったいいつ?
どうやって!?
亀はめくらましが上手です。
『忍法なかったこと』も亀も飼い主もよく使う忍術です(笑)
イヤなことは、早く長く寝て、記憶の彼方に飛ばします。
思い出すのが困難な状況を作ればいいのです。それには寝るのが一番!
他には食べること、歩くこと、料理をすることなども効果的です。今しなくてもいいはず・・・の優先順位の低いことをするのも、気分を変えるのにしっくりきますよ。
自分にとって何をすれば『なかったこと』に出来ますか?
『忍法なかったこと』がうまくなると頑張ろう!という気持ちが戻りファイトが常によみがえってきますよ。
水曜日の夜、心の引越しをする気持ちで忍術使いになってみては如何でしょう。
日本旅行「赤い風船」
変身といえば忍者ですね(^^)
思い通りにいかない時には、忍者のつもりで、
忍法抜けがら(いるけれどいない)
忍法いないふり(いるんだけれど気配を消す)
忍法別人(いつもの自分とは違う人)
各種忍術を駆使して乗り切りましょう。
忍者は、自己主張はしませんが、五感、六感は動かしています。
自我(やりたくない、疲れた、なんかやだ)が暴れて、折角の今日という一日をうまく生きられない日は、忍法を使って乗り切るのもよいかもしれませんよ(^^)
手に負えない自我を休ませていい日をすごしちゃいましょう。
うちのペットの座敷亀の一匹は、よく『忍法亀隠れ』を使います。
ここにいたと思ったのに、もういない!
いないかと思ったらもういる!
いったいいつ?
どうやって!?
亀はめくらましが上手です。
『忍法なかったこと』も亀も飼い主もよく使う忍術です(笑)
イヤなことは、早く長く寝て、記憶の彼方に飛ばします。
思い出すのが困難な状況を作ればいいのです。それには寝るのが一番!
他には食べること、歩くこと、料理をすることなども効果的です。今しなくてもいいはず・・・の優先順位の低いことをするのも、気分を変えるのにしっくりきますよ。
自分にとって何をすれば『なかったこと』に出来ますか?
『忍法なかったこと』がうまくなると頑張ろう!という気持ちが戻りファイトが常によみがえってきますよ。
水曜日の夜、心の引越しをする気持ちで忍術使いになってみては如何でしょう。
日本旅行「赤い風船」
秋風
冷え込んで来ましたね。
火曜日は、勢いを想う曜日です。
勢いづく。
はまる。
波に乗る。
大船に乗ったつもり。
逆の負の意味としては、
気が乗らない。
だらだらする。
固執する。
調子に乗る。
気がそがれる。
怖気づく。
などでしょうか。
なんだか今日は調子が出ないなあという時は、現状維持が出来たら十分です。時には休憩、撤退、退却なども人生には必要なことがありますから。
占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦といいますが、あれは当たらないのも占いのよさと言っていることです。
毎度毎度占いでドンピシャ当たるのは楽しいことですが、それでは人間がだめになってしまいます。当たらないことも占いには含まれていないと困るのです。
つまりは、すべてを有効活用は出来ない、必ず無駄が入っているお正月の福袋のようなものが占いです。
無駄とセットなのです。
占いが当たらないというのは、どんなに正しい法則を使っても、思い通りにはならないことが含まれる。そこを引き受けるからこそ、占いで人生がだめにならない。それをもって、当たらぬも八卦なのです。
それを頭に入れてもらって(^^)占いとつきあっていけばこわいものはありません♪
また、世の中は常に動いているので、占いの定義が微妙にずれていることを忘れてはなりません。
新しい時代にあわせた使いやすい暦を作りたいなとこの頃思います。
さてさて、十干ですが殷王朝では、一旬つまり十日を一単位として、占いで政治からなにからすべてを決めていました。
十干の最後の癸の日には、次の一旬の動きを占っていたそうです。(暦の漢字学よりの豆知識)
甲骨文字というものがもともとあって、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の字は、現在の字になるまで、字体が変化しているのをご存じでしょうか?
十二支の漢字も同様です。
甲骨文字は象形文字です。
十干 十二支の古い字体は、まるでルーンを思わせる文字です。丙はメナーズ、丁は、イングだったり、ティールだったり、時代による変化が見えます。寅(ティールとオゼルのバインディングルーン)などなど・・・。
大神
甲 (太陽または金星の光が、柱となってあらわれたもの)
乙 (シゲル(日の光)ダエグ(光線)ユル(木)で作った竪琴)
農耕と戦いの神
丙 (メナーズ)雷、雷雨
丁 (ティール)槍、
出産と成長
戊 (川を流れてくる桃と桃太郎)
己 (冒険、遠征、フェオ 家来の動物)
食糧、狩と備蓄、水産、農産
庚 (一寸法師、船)
辛 (ハリ、釣り針、海幸彦)
冠婚葬祭
壬 (葬送の船)
癸 (冠婚葬祭の 冠と婚)
このようなテーマに十干を分類してみました。
干支の甲骨文字については干支の漢字学で水上静夫先生が詳しく書かれています。
暦の漢字学から入るのがおすすめです。
五行が十干よりあとの考え方だと、水上先生の本で知ってから目から鱗が落ちました。
それでじーっとここのところ十干の文字をながめてながめて・・・いるうちに戊の字が上流から水が流れてくるところに、斧(武器)と玉が流れてくる→桃太郎・・・戊の日は、子宝を祈願するお祭りをしていた?と浮かびました。
神官だって人の子ですから、休みがほしかったと思うんですよね。五行思想の土用・・・あれってもしかして季節の変わり目なのは確かですが・・・何をしちゃいけない、かにをしちゃいけないってことは、天文官が楽を出来たという側面はなかったんでしょうかね?
いろんな儀式をたまには休みたい。
そこから生まれた発想ってことはなかったのかしら・・・。
民族も時代も住んでいる国の気象も殷代の古代中国大陸の人と違いますから^^; どうなんでしょうね。
でもいろいろ考えるのは楽しいです。
今日は甲午の日。
甲は太陽と星、生命に感謝する日にしました。
明日は乙の日。乙は運勢を語る竪琴が鳴る日。占いや将来の計画を考えるのにぴったりな日です。
火曜日、勢いで十干について、昨夜ふとんのなかで考えたことを書きました♪
日本旅行「赤い風船」
火曜日は、勢いを想う曜日です。
勢いづく。
はまる。
波に乗る。
大船に乗ったつもり。
逆の負の意味としては、
気が乗らない。
だらだらする。
固執する。
調子に乗る。
気がそがれる。
怖気づく。
などでしょうか。
なんだか今日は調子が出ないなあという時は、現状維持が出来たら十分です。時には休憩、撤退、退却なども人生には必要なことがありますから。
占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦といいますが、あれは当たらないのも占いのよさと言っていることです。
毎度毎度占いでドンピシャ当たるのは楽しいことですが、それでは人間がだめになってしまいます。当たらないことも占いには含まれていないと困るのです。
つまりは、すべてを有効活用は出来ない、必ず無駄が入っているお正月の福袋のようなものが占いです。
無駄とセットなのです。
占いが当たらないというのは、どんなに正しい法則を使っても、思い通りにはならないことが含まれる。そこを引き受けるからこそ、占いで人生がだめにならない。それをもって、当たらぬも八卦なのです。
それを頭に入れてもらって(^^)占いとつきあっていけばこわいものはありません♪
また、世の中は常に動いているので、占いの定義が微妙にずれていることを忘れてはなりません。
新しい時代にあわせた使いやすい暦を作りたいなとこの頃思います。
さてさて、十干ですが殷王朝では、一旬つまり十日を一単位として、占いで政治からなにからすべてを決めていました。
十干の最後の癸の日には、次の一旬の動きを占っていたそうです。(暦の漢字学よりの豆知識)
甲骨文字というものがもともとあって、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の字は、現在の字になるまで、字体が変化しているのをご存じでしょうか?
十二支の漢字も同様です。
甲骨文字は象形文字です。
十干 十二支の古い字体は、まるでルーンを思わせる文字です。丙はメナーズ、丁は、イングだったり、ティールだったり、時代による変化が見えます。寅(ティールとオゼルのバインディングルーン)などなど・・・。
大神
甲 (太陽または金星の光が、柱となってあらわれたもの)
乙 (シゲル(日の光)ダエグ(光線)ユル(木)で作った竪琴)
農耕と戦いの神
丙 (メナーズ)雷、雷雨
丁 (ティール)槍、
出産と成長
戊 (川を流れてくる桃と桃太郎)
己 (冒険、遠征、フェオ 家来の動物)
食糧、狩と備蓄、水産、農産
庚 (一寸法師、船)
辛 (ハリ、釣り針、海幸彦)
冠婚葬祭
壬 (葬送の船)
癸 (冠婚葬祭の 冠と婚)
このようなテーマに十干を分類してみました。
干支の甲骨文字については干支の漢字学で水上静夫先生が詳しく書かれています。
暦の漢字学から入るのがおすすめです。
五行が十干よりあとの考え方だと、水上先生の本で知ってから目から鱗が落ちました。
それでじーっとここのところ十干の文字をながめてながめて・・・いるうちに戊の字が上流から水が流れてくるところに、斧(武器)と玉が流れてくる→桃太郎・・・戊の日は、子宝を祈願するお祭りをしていた?と浮かびました。
神官だって人の子ですから、休みがほしかったと思うんですよね。五行思想の土用・・・あれってもしかして季節の変わり目なのは確かですが・・・何をしちゃいけない、かにをしちゃいけないってことは、天文官が楽を出来たという側面はなかったんでしょうかね?
いろんな儀式をたまには休みたい。
そこから生まれた発想ってことはなかったのかしら・・・。
民族も時代も住んでいる国の気象も殷代の古代中国大陸の人と違いますから^^; どうなんでしょうね。
でもいろいろ考えるのは楽しいです。
今日は甲午の日。
甲は太陽と星、生命に感謝する日にしました。
明日は乙の日。乙は運勢を語る竪琴が鳴る日。占いや将来の計画を考えるのにぴったりな日です。
火曜日、勢いで十干について、昨夜ふとんのなかで考えたことを書きました♪
日本旅行「赤い風船」
今夜は雨が降りませんように
日曜日の夜ですね。
日曜日は、祈りをテーマに考えてみる曜日にしています。
今日は仕事のかえりみちに、ホームレスらしき人が駐車場の近くで寝ていて、その人の傍らにいる犬と目があいました。
首輪とひもがついているので、その人の飼い犬のようです。
一度は通り過ぎたのですが、なんだか気になって戻ってみると、わんこが遠慮がちながらも期待に満ちた瞳で私を見ます。
どうやらわんこは、私が下げていた駅ビルで買ったお弁当のにおいに関心があるようでした。
でも決して飛びついたりしません。お行儀のいいわんこです。
飼い主は地面に寝たまま動きません。
家族用に買ったお弁当なのでお魚が入っています。
なんだか急にこのおじさんとわんこのことを見過ごせなくて、「大丈夫?これわんちゃんと一緒に食べてよ」とお弁当を置いて声をかけたのですが、反応がありません。
心配になったので「大丈夫?大丈夫?」と声をかけたら
「立てないんだよ」と答えが返ってきました。
その声を聞いて、かなり安心しました。
変な人でないとわかったので。
声には人柄が出ますからね^^;
道で寝ている人に声をかけるのは、ちょっと勇気がいりますもの。
真面目に生きて来た、今もまじめな人の声だと感じました。
それでもよろよろと車につかまりながら起き上がって、やっぱりだめだと、もう一度横たわってしまったので、「救急車呼ぶ?大丈夫?」と聞いてみたのですが、首をふるのです。
「もっと安全なところにいった方がいいよ。・・・。」
結局のところ、おじさんはまた地面に横たわり、わんこはお弁当を勝手に食べようともしないで私の顔をみていました。
しつけも性格行き届いたわんこです。
「ありがとう」横たわったままお礼をいうおじさんとわんこを置いて私は立ち去りました。
もしかしたら、おじさんにお弁当は必要なかったのかもしれません(わんこには魅力があったと思うけれど)
お水かお茶もつけてあげればよかったなと家に帰ってから気づいたのですが、あの時は気づきませんでした。
60代?70代にはなってないと思うのですが・・・。
私はホームレス支援とかやっている団体を胡散臭く思っています。青いテントを張って、昼間から酒盛りしてる人をみると、なんだかなーとあまりいい気はしません。
支援活動をするぐらいなら、自分の家に泊めてあげればいいのに・・・と思います。
誰かの世話をあてにして生きるよりも、自分で生きて自分で死んでいきたいんだなと、そういう人間の誇りっていうものが発するなにかを今日たまたま出会ったおじさんから感じました。
そして人を頼れない生き方の清らかさと弱弱しさも感じました・・・。
このまま死んでしまえるなら、死んで楽になりたいって思ってたかもしれないです。そして、それならその方がいいかもしれないなと思いました。
「どこかもっと安全なところに行った方がいいよ」
ちょっと間抜けな発言ですよね^^;でも、見知らぬ家のない人を心配するという経験がなかったものですから・・・駐車場の人にみつかって追い出されたらかわいそうだなあと思ったら、そういう言葉をかけてしまいました。
行政とか社会制度だけで、人が助かるわけではないなと、あのおじさんと相対してわかりました。
各人が自分の出来る迄のことをする。それでもいいんじゃないかな。
とどのつまりは、無関心じゃなくなる、それしかないような気がします。
助けてあげていいんじゃないかと思える人は、助けを求めには中々行かないもの。助かろうとはしないで、堪えています。
無償で助けてとはいえないものです。
だから一票いれたくなるんでしょうね・・・。
怠け者は別として、助けてもらったらなにか対価を出したいと思うのが人間ではないでしょうか。
やっぱり支援される人が出来る仕事っていうのをもっともっと作れたら、助かる人がいるんじゃないかと。
病気が治ったら恩返しに働きますっていうことなら、福祉支援を頼みにいけるんじゃないかな、それが福祉事業なんじゃないかなと。
現実には、性格のよくない人も怠けてる人も、使い物にならない人も困窮しているでしょう。
金持ちの善人もいれば、貧乏な悪人もいます・・・。
福祉を表看板に胡散胡乱なことをしている団体もいっぱいあるし。。。私なぞには手に負えない世界です。
ただ、今夜は雨が降らないように祈って眠ることにします。
日曜日、今日出会ったお客さんもわんこ連れのおじさんにも、希望がやってきますように。
ちょっと頓珍漢な親切を余計な御世話ともいいますからね・・・。
もっと必要な優しさを見極められる人になりたいです(;;)
おやすみなさい。
日本旅行「赤い風船」
日曜日は、祈りをテーマに考えてみる曜日にしています。
今日は仕事のかえりみちに、ホームレスらしき人が駐車場の近くで寝ていて、その人の傍らにいる犬と目があいました。
首輪とひもがついているので、その人の飼い犬のようです。
一度は通り過ぎたのですが、なんだか気になって戻ってみると、わんこが遠慮がちながらも期待に満ちた瞳で私を見ます。
どうやらわんこは、私が下げていた駅ビルで買ったお弁当のにおいに関心があるようでした。
でも決して飛びついたりしません。お行儀のいいわんこです。
飼い主は地面に寝たまま動きません。
家族用に買ったお弁当なのでお魚が入っています。
なんだか急にこのおじさんとわんこのことを見過ごせなくて、「大丈夫?これわんちゃんと一緒に食べてよ」とお弁当を置いて声をかけたのですが、反応がありません。
心配になったので「大丈夫?大丈夫?」と声をかけたら
「立てないんだよ」と答えが返ってきました。
その声を聞いて、かなり安心しました。
変な人でないとわかったので。
声には人柄が出ますからね^^;
道で寝ている人に声をかけるのは、ちょっと勇気がいりますもの。
真面目に生きて来た、今もまじめな人の声だと感じました。
それでもよろよろと車につかまりながら起き上がって、やっぱりだめだと、もう一度横たわってしまったので、「救急車呼ぶ?大丈夫?」と聞いてみたのですが、首をふるのです。
「もっと安全なところにいった方がいいよ。・・・。」
結局のところ、おじさんはまた地面に横たわり、わんこはお弁当を勝手に食べようともしないで私の顔をみていました。
しつけも性格行き届いたわんこです。
「ありがとう」横たわったままお礼をいうおじさんとわんこを置いて私は立ち去りました。
もしかしたら、おじさんにお弁当は必要なかったのかもしれません(わんこには魅力があったと思うけれど)
お水かお茶もつけてあげればよかったなと家に帰ってから気づいたのですが、あの時は気づきませんでした。
60代?70代にはなってないと思うのですが・・・。
私はホームレス支援とかやっている団体を胡散臭く思っています。青いテントを張って、昼間から酒盛りしてる人をみると、なんだかなーとあまりいい気はしません。
支援活動をするぐらいなら、自分の家に泊めてあげればいいのに・・・と思います。
誰かの世話をあてにして生きるよりも、自分で生きて自分で死んでいきたいんだなと、そういう人間の誇りっていうものが発するなにかを今日たまたま出会ったおじさんから感じました。
そして人を頼れない生き方の清らかさと弱弱しさも感じました・・・。
このまま死んでしまえるなら、死んで楽になりたいって思ってたかもしれないです。そして、それならその方がいいかもしれないなと思いました。
「どこかもっと安全なところに行った方がいいよ」
ちょっと間抜けな発言ですよね^^;でも、見知らぬ家のない人を心配するという経験がなかったものですから・・・駐車場の人にみつかって追い出されたらかわいそうだなあと思ったら、そういう言葉をかけてしまいました。
行政とか社会制度だけで、人が助かるわけではないなと、あのおじさんと相対してわかりました。
各人が自分の出来る迄のことをする。それでもいいんじゃないかな。
とどのつまりは、無関心じゃなくなる、それしかないような気がします。
助けてあげていいんじゃないかと思える人は、助けを求めには中々行かないもの。助かろうとはしないで、堪えています。
無償で助けてとはいえないものです。
だから一票いれたくなるんでしょうね・・・。
怠け者は別として、助けてもらったらなにか対価を出したいと思うのが人間ではないでしょうか。
やっぱり支援される人が出来る仕事っていうのをもっともっと作れたら、助かる人がいるんじゃないかと。
病気が治ったら恩返しに働きますっていうことなら、福祉支援を頼みにいけるんじゃないかな、それが福祉事業なんじゃないかなと。
現実には、性格のよくない人も怠けてる人も、使い物にならない人も困窮しているでしょう。
金持ちの善人もいれば、貧乏な悪人もいます・・・。
福祉を表看板に胡散胡乱なことをしている団体もいっぱいあるし。。。私なぞには手に負えない世界です。
ただ、今夜は雨が降らないように祈って眠ることにします。
日曜日、今日出会ったお客さんもわんこ連れのおじさんにも、希望がやってきますように。
ちょっと頓珍漢な親切を余計な御世話ともいいますからね・・・。
もっと必要な優しさを見極められる人になりたいです(;;)
おやすみなさい。
日本旅行「赤い風船」
アップデートに失敗して
土曜日の夜ですね。
長らく愛用しているデスクトップが重体です・・・。
アップデート取り消し機能をパソコンには標準で組み込んでほしいものです・・・・・・。
さて
土曜日は型どりの曜日。
自分の人生にめりはりをつける為に、生活の輪郭を振り返る事も土曜のテーマのひとつにしています。
いらない習慣を終わらせたり、新しく規則を作ってみたり・・・そう「制限」も型どりには有効です。
私は健康の為に、月に20日はベジタリアンで過ごすと決めているのですが、何を食べてもいい(といっても魚か鶏肉少々)日を数えるのが、このところ面倒になってきました。
私自身は365日精進料理で構わないんですが、家族がさみしがるので、月に十日ぐらいは少々つきあうことにしているのです。
月の三分の二はベジタリアン食でいけば、からだは健康を保てます。
レコーディングダイエットのように、以前は魚肉食した日を手帳とカレンダー両方に書いていたのですが、最近それがとっても面倒くさくなってきました。
べジタリアン化して、五年以上たった頃から億劫になってきたのですが、魚食した日を記録しておく手間がかなり面倒になて來たんですよ。
そこで、ここはひとつ曜日の力を使うことにしました。
月、火、水は原則精進食の曜日。
木、金、土、日の四日のうち二日を精進外日とする。
これなら記録をとらなくっても覚えていられます。
今まで人にあわせて、月のなかで九日から十日は何食べてもいいとやっていたのですが、曜日に合わせることにしました!
固定してしまうと、それはそれで窮屈感が出ますが、四つの曜日のなかで調整するとなると、まるで週に四回は好きに食べているような錯覚が起きます。
いくらなんでも、一週間以内のことなら、メモしなくても忘れませんしね^^;
人生大事なことがいっぱいあります。
疲労しないで生きていくために、決まり事を作ることで、かえってエネルギーを他にまわせるっていうものです。
これでひとつ、自分の頭のなかの負担が減ったのでうれしいです。
どうしてこういう簡単な割り切りを今まで宣言出来なかったのでしょうね。
曜日を決めることは不自由になると以前は思っていました。それよりも記録してあと何日残ってるとか前はそれも楽しみだったんですがね。(学生の頃、後何回休んでも単位がとれるか、きっちり把握していました)年齢でしょうか、それが負担になりました。楽をしたくなりました(〃▽〃)
土曜日の夜、自分を楽にする為に他にも制限出来るものはないかなあと考えながら眠りにつきます。
日本旅行「赤い風船」
長らく愛用しているデスクトップが重体です・・・。
アップデート取り消し機能をパソコンには標準で組み込んでほしいものです・・・・・・。
さて
土曜日は型どりの曜日。
自分の人生にめりはりをつける為に、生活の輪郭を振り返る事も土曜のテーマのひとつにしています。
いらない習慣を終わらせたり、新しく規則を作ってみたり・・・そう「制限」も型どりには有効です。
私は健康の為に、月に20日はベジタリアンで過ごすと決めているのですが、何を食べてもいい(といっても魚か鶏肉少々)日を数えるのが、このところ面倒になってきました。
私自身は365日精進料理で構わないんですが、家族がさみしがるので、月に十日ぐらいは少々つきあうことにしているのです。
月の三分の二はベジタリアン食でいけば、からだは健康を保てます。
レコーディングダイエットのように、以前は魚肉食した日を手帳とカレンダー両方に書いていたのですが、最近それがとっても面倒くさくなってきました。
べジタリアン化して、五年以上たった頃から億劫になってきたのですが、魚食した日を記録しておく手間がかなり面倒になて來たんですよ。
そこで、ここはひとつ曜日の力を使うことにしました。
月、火、水は原則精進食の曜日。
木、金、土、日の四日のうち二日を精進外日とする。
これなら記録をとらなくっても覚えていられます。
今まで人にあわせて、月のなかで九日から十日は何食べてもいいとやっていたのですが、曜日に合わせることにしました!
固定してしまうと、それはそれで窮屈感が出ますが、四つの曜日のなかで調整するとなると、まるで週に四回は好きに食べているような錯覚が起きます。
いくらなんでも、一週間以内のことなら、メモしなくても忘れませんしね^^;
人生大事なことがいっぱいあります。
疲労しないで生きていくために、決まり事を作ることで、かえってエネルギーを他にまわせるっていうものです。
これでひとつ、自分の頭のなかの負担が減ったのでうれしいです。
どうしてこういう簡単な割り切りを今まで宣言出来なかったのでしょうね。
曜日を決めることは不自由になると以前は思っていました。それよりも記録してあと何日残ってるとか前はそれも楽しみだったんですがね。(学生の頃、後何回休んでも単位がとれるか、きっちり把握していました)年齢でしょうか、それが負担になりました。楽をしたくなりました(〃▽〃)
土曜日の夜、自分を楽にする為に他にも制限出来るものはないかなあと考えながら眠りにつきます。
日本旅行「赤い風船」