日月火水木金土-七曜来福
★七曜來福★七つのリズムで機嫌よくいきましょう¢(⌒⌒) 占い師フーガ・マリーナの日記です。・*
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日曜日ですね
日曜日の夕暮れ時ですね。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物、鬱憤。
土曜・・・形どり、そうじ。
このブログは曜日毎にテーマを決めて書いています。
日曜のテーマは祈り。
どうしよう、助けてって思う時に人に助けを求められる人は幸せな人だなと思います。
苦境にあって人に助けを求められることは、生きる上で運命の分かれ道で助かる方に向かう条件のひとつだからです。
しかし、言えない人はどうしても言えないものです。
そんな人のなかで、心のなかで神様、仏様、ご先祖様に助けてといえる人はいると思います。
神仏先祖に助けてと言わない人、自分のためには言う気もない人、これらはちょっと脇へ置くとして・・・。
神仏に助けを求めるということをよしとすることで、頭が変になりそうな時に、なんとか理性を保てる。
そういう効果はあるように感じませんか?
求め過ぎてもっとおかしくなる人もいますがそういう人は、(今まで私の見てきた限りでは)まわりの人間にも助けを求めていたように思います。生きる上でとってもたくましい人達と思います。
身近な人間に助けてと言えない人が、そう言えるようになれたらいいとは思いますが、どうしても言えない人、言いたくない人にとって、心のなかで観音様なりご先祖様なりに助けてといった事で、自分の抱える不安や辛さなどを忘れる、緩和する作用があるのではないでしょうか。
もしかしたら、言葉としては「神様~おじいちゃん、おばあちゃん助けて~」と言っていても、自分自身の魂に呼びかけているのかもしれません。
私自身、困ったなあ、弱ったなあと思った時に、おばあちゃん助けて~とすがる時があります。でもその後、どうしたもんかは自分で考えているように思います。
そうはいっても、心の中、頭のなかをきっちり分類も出来ません。本気でうわー助けてと思ったり、自分でなんとかするぞと思ったりが混ざり合っての自分なんでしょう。
日曜日、今日はギャル曽根が大食い女王に返り咲く事をそろそろ祈る時間です(笑)
日本旅行「赤い風船」
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物、鬱憤。
土曜・・・形どり、そうじ。
このブログは曜日毎にテーマを決めて書いています。
日曜のテーマは祈り。
どうしよう、助けてって思う時に人に助けを求められる人は幸せな人だなと思います。
苦境にあって人に助けを求められることは、生きる上で運命の分かれ道で助かる方に向かう条件のひとつだからです。
しかし、言えない人はどうしても言えないものです。
そんな人のなかで、心のなかで神様、仏様、ご先祖様に助けてといえる人はいると思います。
神仏先祖に助けてと言わない人、自分のためには言う気もない人、これらはちょっと脇へ置くとして・・・。
神仏に助けを求めるということをよしとすることで、頭が変になりそうな時に、なんとか理性を保てる。
そういう効果はあるように感じませんか?
求め過ぎてもっとおかしくなる人もいますがそういう人は、(今まで私の見てきた限りでは)まわりの人間にも助けを求めていたように思います。生きる上でとってもたくましい人達と思います。
身近な人間に助けてと言えない人が、そう言えるようになれたらいいとは思いますが、どうしても言えない人、言いたくない人にとって、心のなかで観音様なりご先祖様なりに助けてといった事で、自分の抱える不安や辛さなどを忘れる、緩和する作用があるのではないでしょうか。
もしかしたら、言葉としては「神様~おじいちゃん、おばあちゃん助けて~」と言っていても、自分自身の魂に呼びかけているのかもしれません。
私自身、困ったなあ、弱ったなあと思った時に、おばあちゃん助けて~とすがる時があります。でもその後、どうしたもんかは自分で考えているように思います。
そうはいっても、心の中、頭のなかをきっちり分類も出来ません。本気でうわー助けてと思ったり、自分でなんとかするぞと思ったりが混ざり合っての自分なんでしょう。
日曜日、今日はギャル曽根が大食い女王に返り咲く事をそろそろ祈る時間です(笑)
日本旅行「赤い風船」
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うっぷんを晴らすには
金曜日の夜ですね。
このブログは七つの曜日ごとにテーマを決めて書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物、そして鬱憤。
土曜・・・形どり、そうじ。
鬱憤・・・書くとすごい漢字ですね。
鬱が憤ってると書くんですね^^;
鬱を噴出させて体外に出すということでしょうか。
金曜のテーマのひとつに、自分のイヤな部分を認めて開き直る(笑)いうのも、ありだと思います。
金曜は美しい女神フレイアからとったフライデーであり、金神は東洋占術では戦いの神です。フレイアは勝手気儘。自分に正直で欲望に忠実です。よくいえば、自分のために嘘はついても自分の心には嘘をつかないんですよ。
金曜というのは、葛藤をテーマにしてもいいかもしれませんよね。ということで今日のテーマは、葛藤。
鬱憤を晴らすには!です。
自分を美しく飾ったり、プレゼントを誰かに送る時のような気持ちで人にやさしくするのも勿論結構(^^)でもそんな余裕のない時もありますよね。
葛藤のない人生なんて、ありえません。
鬱憤を晴らすには、歌える人は歌うのがいいですし、走れる人は走るとすっきりするのでしょうね。
でも私は歌いに行くことはあまり好みませんし、走るより歩く、歩くのも自然のなかならいいですが、都会では籠るのが一番好きです(笑)
鬱憤のはらしかたが、なかなかないんですよね^^;
好きなことで発散といえば・・・私の一番好きで得意なことは、考えることです。
なんで鬱憤がたまったのか考えて考えて・・・・・・これは鬱憤散らしぐらいにはなりますね(苦笑)
考えることは大好きなのです(*^^*)
問題は、考えてわかったことを認められるかです。
流されやすい^^;自分を自覚したとして、流されないようにバタバタ足を動かして波に翻弄されないように泳ぐことが出来るかです。
鬱憤を晴らすのに私にとって最適な方法は?
つづきはまた来週の金曜日に(笑)
金曜日の夜、自分と勝負してみたいと思います(笑)
日本旅行「赤い風船」
このブログは七つの曜日ごとにテーマを決めて書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物、そして鬱憤。
土曜・・・形どり、そうじ。
鬱憤・・・書くとすごい漢字ですね。
鬱が憤ってると書くんですね^^;
鬱を噴出させて体外に出すということでしょうか。
金曜のテーマのひとつに、自分のイヤな部分を認めて開き直る(笑)いうのも、ありだと思います。
金曜は美しい女神フレイアからとったフライデーであり、金神は東洋占術では戦いの神です。フレイアは勝手気儘。自分に正直で欲望に忠実です。よくいえば、自分のために嘘はついても自分の心には嘘をつかないんですよ。
金曜というのは、葛藤をテーマにしてもいいかもしれませんよね。ということで今日のテーマは、葛藤。
鬱憤を晴らすには!です。
自分を美しく飾ったり、プレゼントを誰かに送る時のような気持ちで人にやさしくするのも勿論結構(^^)でもそんな余裕のない時もありますよね。
葛藤のない人生なんて、ありえません。
鬱憤を晴らすには、歌える人は歌うのがいいですし、走れる人は走るとすっきりするのでしょうね。
でも私は歌いに行くことはあまり好みませんし、走るより歩く、歩くのも自然のなかならいいですが、都会では籠るのが一番好きです(笑)
鬱憤のはらしかたが、なかなかないんですよね^^;
好きなことで発散といえば・・・私の一番好きで得意なことは、考えることです。
なんで鬱憤がたまったのか考えて考えて・・・・・・これは鬱憤散らしぐらいにはなりますね(苦笑)
考えることは大好きなのです(*^^*)
問題は、考えてわかったことを認められるかです。
流されやすい^^;自分を自覚したとして、流されないようにバタバタ足を動かして波に翻弄されないように泳ぐことが出来るかです。
鬱憤を晴らすのに私にとって最適な方法は?
つづきはまた来週の金曜日に(笑)
金曜日の夜、自分と勝負してみたいと思います(笑)
日本旅行「赤い風船」
機種変の出来ない時
水曜日の夕暮れ、今日は雨が降って寒いですね。
このブログは七つの主題に沿って書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
水曜日のテーマのひとつ、変化といえば、皆さん携帯電話の機種変更や、携帯会社のお引越しなど、新規の電話契約など多くの方が経験されていると思います。
私の携帯電話機は、変更したい機種が見当たらないので、相当旧機種になってしまいました。
充電をする台が甘くなってしまい、充電中はゴムでしばっておかないと浮き上がってしまうという、もう限界に近づいています。しかし、画像を送ろうにもあまりのも旧機種で、携帯のCDがウィンXPに対応していず^^;手動でちまちまメールの添付ファイルとして送らないとなりません。
それを思うと、益々機種変更をする気力が低下していきます。
電話会社がどんな魅力的な機種を出しても、現在の携帯には思い出という、電話会社が太刀打ち出来ないものがつまっています。
楽しい思い出から辛い思いでまで、すべてが詰まっている電話を、新型の電話に変える程のきっかけは、どんな時なのでしょうか。
それは古い思い出を、心の奥底に入れる場所が準備出来た時なのではないでしょうか。
旧型機種の電話機からネットに写真を電話機から気軽に送れる方法を携帯各社はパソコンサイトやカタログに載せて頂きたいものです。
かわいいカメの卵の写真とか、ああこれは何年の夏とか、そういう思い出を一括で管理する方法は簡単にあるんだと思いますが、誰もがネットに強いわけではありません。すぐ忘れます。みつけられません。手取り足取り、図解つきでやさーーしく教えて貰わないとわからない人もいっぱいいるのですよ。
心の準備が出来なくても、物理的な格納庫があれば(笑)それも機種変のきっかけになれます。
人間変化したい時は、物理的に身の置き所をかえる。
転職だったり(このご時世に気軽にはできませんがね^^;)通勤ルートやおつかいルートの変更だったり、髪型だったり、バック、財布、鍵入れ、そして携帯電話の機種変更。
自分の今に満足している時も、機種変更をしないことが多いと思います。電話の寿命が来るまで変えないという方もいらっしゃいます。人それぞれのスタイルでそれがいいですね(^^)
しかし、変えたいのに、変えるのが億劫、変えたいけれどまだこれでいいか・・・。
それは、本当はなにか変化を待っているんだけれども、自分自身が少し前の過去を乗り越えられていない、そんな時ではないでしょうか。
そんな時には、電話がこわれるぎりぎりまで待ってるのがいいのかもしれません(笑)それ以外の解決策があったら教えてください(笑)
変化を願っているのに出来ない時も人生にはあるものです。
懐かしい過去を心の扉の奥にしまえるようになったら、変化の時です。過去を大事に大事に思うことで忘れていって、これからの幸せに目を向けたくなった時には、名残惜しかったことさへも忘れてしまっているでしょう。
水曜日、今日から毎日携帯の写真を、一日十ぐらいづつ送っていって、機種変更への備えをしていこうと思います。
日本旅行「赤い風船」
このブログは七つの主題に沿って書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
水曜日のテーマのひとつ、変化といえば、皆さん携帯電話の機種変更や、携帯会社のお引越しなど、新規の電話契約など多くの方が経験されていると思います。
私の携帯電話機は、変更したい機種が見当たらないので、相当旧機種になってしまいました。
充電をする台が甘くなってしまい、充電中はゴムでしばっておかないと浮き上がってしまうという、もう限界に近づいています。しかし、画像を送ろうにもあまりのも旧機種で、携帯のCDがウィンXPに対応していず^^;手動でちまちまメールの添付ファイルとして送らないとなりません。
それを思うと、益々機種変更をする気力が低下していきます。
電話会社がどんな魅力的な機種を出しても、現在の携帯には思い出という、電話会社が太刀打ち出来ないものがつまっています。
楽しい思い出から辛い思いでまで、すべてが詰まっている電話を、新型の電話に変える程のきっかけは、どんな時なのでしょうか。
それは古い思い出を、心の奥底に入れる場所が準備出来た時なのではないでしょうか。
旧型機種の電話機からネットに写真を電話機から気軽に送れる方法を携帯各社はパソコンサイトやカタログに載せて頂きたいものです。
かわいいカメの卵の写真とか、ああこれは何年の夏とか、そういう思い出を一括で管理する方法は簡単にあるんだと思いますが、誰もがネットに強いわけではありません。すぐ忘れます。みつけられません。手取り足取り、図解つきでやさーーしく教えて貰わないとわからない人もいっぱいいるのですよ。
心の準備が出来なくても、物理的な格納庫があれば(笑)それも機種変のきっかけになれます。
人間変化したい時は、物理的に身の置き所をかえる。
転職だったり(このご時世に気軽にはできませんがね^^;)通勤ルートやおつかいルートの変更だったり、髪型だったり、バック、財布、鍵入れ、そして携帯電話の機種変更。
自分の今に満足している時も、機種変更をしないことが多いと思います。電話の寿命が来るまで変えないという方もいらっしゃいます。人それぞれのスタイルでそれがいいですね(^^)
しかし、変えたいのに、変えるのが億劫、変えたいけれどまだこれでいいか・・・。
それは、本当はなにか変化を待っているんだけれども、自分自身が少し前の過去を乗り越えられていない、そんな時ではないでしょうか。
そんな時には、電話がこわれるぎりぎりまで待ってるのがいいのかもしれません(笑)それ以外の解決策があったら教えてください(笑)
変化を願っているのに出来ない時も人生にはあるものです。
懐かしい過去を心の扉の奥にしまえるようになったら、変化の時です。過去を大事に大事に思うことで忘れていって、これからの幸せに目を向けたくなった時には、名残惜しかったことさへも忘れてしまっているでしょう。
水曜日、今日から毎日携帯の写真を、一日十ぐらいづつ送っていって、機種変更への備えをしていこうと思います。
日本旅行「赤い風船」
気分次第
火曜日の夜ですね。このブログは七つの曜日ごとにテーマをしぼって書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
火曜のテーマは冒険、探検。
山奥、海底、地底、南極、北極、いろんな探検がありますが、占うというのも、探検の要素が入っていますね。
人の心のなかは、未知の領域でいっぱい。
思い切って進むのか、これ以上は掘らないで退却するのか・・・。
人生は日々判断の繰り返しです。
時々どうしたらいいのかわからなくなる。
そんな時に自分を助けてくれるのが、体内ダウジングといいましょうか、警告センサーと私は呼んでいますが、進路を決めるのに、センサーが感知したサインを尊重して方針を決めることがあります。
自分のなかにある警告センサーは可動していますか?
答えが答えとしてわかりやすく存在していてくれたら、どんなに楽でしょう。ところが答えは自分でみつける方法をとらないと、みつかりません。
答えを自分でみつける方法のひとつが、直観で決める。
直観で答えが出ていても、その答えどおりにする機を失って、別な答えが必要な場合、どうしたらいいのか。
直観ははずれることもあるんだからと、まずは直観に従えなかった自分を許しましょう。
そして、そのあとはとことん考えて、答えを出す前に、自分に楽しい気分が戻ってくるのを待ちましょう。
自然とそうならないなら、あえて楽しくなりましょう。
自分が楽しくなる為のひまつぶしのような時間を作るのです♪
ほんの一瞬でも三分でも一時間でも(笑)時間は許せる時間の範囲で大丈夫です。
かわいい子供の顔を思い出す、コレクションを眺める、自分の得意技が決まった時のご機嫌な感覚に浸ってみる、愛らしい動物の写真を無心に眺めるとか、適当なネットサーフィンでも、なんでも好きなことをして、悩まなくていい状態を体験してみると、すっと初心に戻れることがあります。そうなると自分のなかにある成功センサーや警告センサーになにかが引っ掛かって来ます。
平たくいうと、気分転換すれば二者択一の答えなら出せる自分になっているということです。
人が占いに来るのも、違う「気」を味わいたいという気分転換なのかもしれません。
火曜日の夜、生きてるとすべてが予定通りにはいかないものですが、寝る前には、すべて順調な気分になって眠りにつきたいものです、おやすみなさい☆
日本旅行「赤い風船」
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
火曜のテーマは冒険、探検。
山奥、海底、地底、南極、北極、いろんな探検がありますが、占うというのも、探検の要素が入っていますね。
人の心のなかは、未知の領域でいっぱい。
思い切って進むのか、これ以上は掘らないで退却するのか・・・。
人生は日々判断の繰り返しです。
時々どうしたらいいのかわからなくなる。
そんな時に自分を助けてくれるのが、体内ダウジングといいましょうか、警告センサーと私は呼んでいますが、進路を決めるのに、センサーが感知したサインを尊重して方針を決めることがあります。
自分のなかにある警告センサーは可動していますか?
答えが答えとしてわかりやすく存在していてくれたら、どんなに楽でしょう。ところが答えは自分でみつける方法をとらないと、みつかりません。
答えを自分でみつける方法のひとつが、直観で決める。
直観で答えが出ていても、その答えどおりにする機を失って、別な答えが必要な場合、どうしたらいいのか。
直観ははずれることもあるんだからと、まずは直観に従えなかった自分を許しましょう。
そして、そのあとはとことん考えて、答えを出す前に、自分に楽しい気分が戻ってくるのを待ちましょう。
自然とそうならないなら、あえて楽しくなりましょう。
自分が楽しくなる為のひまつぶしのような時間を作るのです♪
ほんの一瞬でも三分でも一時間でも(笑)時間は許せる時間の範囲で大丈夫です。
かわいい子供の顔を思い出す、コレクションを眺める、自分の得意技が決まった時のご機嫌な感覚に浸ってみる、愛らしい動物の写真を無心に眺めるとか、適当なネットサーフィンでも、なんでも好きなことをして、悩まなくていい状態を体験してみると、すっと初心に戻れることがあります。そうなると自分のなかにある成功センサーや警告センサーになにかが引っ掛かって来ます。
平たくいうと、気分転換すれば二者択一の答えなら出せる自分になっているということです。
人が占いに来るのも、違う「気」を味わいたいという気分転換なのかもしれません。
火曜日の夜、生きてるとすべてが予定通りにはいかないものですが、寝る前には、すべて順調な気分になって眠りにつきたいものです、おやすみなさい☆
日本旅行「赤い風船」
神様からのミッション
月曜日ですね。このブログは曜日毎にテーマを決めて書いています。
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
月曜のテーマのひとつは怯え。
天敵におびえる小動物のように心細い時が、誰にもあるものです。怯えを心の底にうまく隠して、気取られないように生きていける人とうまく隠せない人、よくも悪くも隠す気はない人、ひたすら怯えまくっている人。抱えている怯えは一緒でも、外から見える姿は一様ではありません。
好きな人、友人、職場、ご近所、さまざまな人間関係があります。
うまくいっていたはずなのに、噛みあわなくなった場合、最初から合わない相手とのことよりも悩みが深くなりますすね。
相手の気持ちがわからなくて不安になる時、先が見通せないと心が怯えてしまって、委縮しがち。
そんな時に相手の気持ちを知りたいというのは人間の心理です。
相手の気持ちがわからないから、わかろうという意識を持ち、察しをつける。そこまでは冷静な対処です。しかし、それが正しい判断なのかどうかに自信が持てなくて迷いが出てくると、堂々めぐりが止まらなくて、目が回ってしまいます。
そこから脱出したいのに出来なくなってしまうのです・・・・・・。
相手の気持ちが見えるぐらいなら、その相手とはうまくいくものです。悩むような関係にはなっていません。
(見えすぎて鼻につく場合は・・・これは別な悩みなので割愛)
相手の気持ちを読み違えていないか、そこばっかりに意識がいきますが、問題は読み違えよりも、自分が正しく読んでいるか、自分に自信がないということに行き着きます。
好きな人だけど相手が見えない。
好きでもないけれど関わらなきゃいけない相手の気持ちが解らない・・・それは人間だけでなく動物の、つまり生きているものにとって大変なストレスです。
どうしたらこのストレスから離れられるのでしょうか。
自分のなかで相手の存在が大きくなりすぎていて一人歩きしていることは、ないですか。
相手の世界に自分の居場所があるのかどうか、そこにばかり気がいってしまい、自分の人生を大切にすることを知らずに忘れてしまっている、そんな状態になっていないか、ちょっと振り返ってみるといいかもしれません。
おのれ自身のことがおろそかになっていると、他人からの攻撃を受け止める力が出て来ないので、負けてしまいます。
人生は戦いだということを忘れて(;へ;)生きていかれたらいいですね。
でも、そういうわけにもいかないのが世の常です。
キメに持っていこうとする時に、勝負服と言いますよね(笑)
勝負ということは戦いです。
恋愛において、スピリチュアル的な無償の愛を注げる心境と自分の心がぴったり合っていれば、勝負など考えなくていいと思います。
しかし、恋愛というのは、無償の恋ではなく、自分の幸せも含めて有償、つまり愛されるという見返りを望んでのことがほとんどではないでしょうか。
ちなみに宝塚歌劇団では、芸名に使ってはいけないという字がひとつだけ(だと記憶しています)あります。なんだと思いますか?
「恋」という字なんですって。
恋は心変わりするものだから、清く正しく美しくの宝塚にはふさわしくないということでした。
恋は突然落ちることも、ゆっくり芽生えることもありますが、自然に実る恋もあれば、育てて保護して頭を使って世話もしてようやく実る恋もあれば、努力もむなしく散る恋もあるんですよね。恋は時に残酷なものです。
恋の虜になっている時に、理性的な心などなくしていることも多いかと思いますが、恋の勝利者になっている人は、今この恋がどう進行しているのか、冷静な判断を暫時くだして、局地的に恋を誘導しています。
つまりどこか事務的に人生の場面を進行させる事が出来る人が恋の勝利者に多いのも確かです。(そんな恋もつまらないかもしれませんが)
更に、事務的な処し方をしながらも、自分自身の人生をとっても大事に出来ている時に、恋が実っているケースが多いようです。自分を愛することを、自分の人生を守ることを決して忘れなければ、恋に翻弄されることがないんです。(それでは恋ではないかもしれませんが・・・)
誰に何を言われようとも、どう思われようとも、自分の人生を自分で損なうようなことはしない。
自分で自分を傷つけない、そういう野性動物に備わっている本能が蘇ってくると、わからなかった相手の気持ちを察することが、出来るようになります。その察しをつけたことが当たっているかどうかは別にして、自分が察したことを、取り入れることが出来るようになるんです。
もし、人の気持ちがわからなくなった時には、相手の立場というものを考えてみることをお勧めします。
自分と関わっている相手が普通の人なのか、悪人なのか、いい人なのか。今が平和な時代なのか、戦争のような非常時なのか。相手が金銭的或るいは精神的に困っていてゆとりのない状態なのか、そこそこうまくいってる時なのか、ウハウハで大天狗の時なのか。
いちいち、面倒なようでも察してみると、ちょっと運勢の風向きが変わってきますよ。
その時大事なのは、相手と自分は思考回路が違う人間だということを忘れないことです。
こういう風に思われたいという思いが、自分自身にはあるものです。
こういう風に自分のことを思っているに違いないという思い込みもあります。
自分で囲っている思考の枠をとりはずせると、見えなかったものが見えてきます。そうなるととても心が楽ですよ。
相手の立場に立って察してみることは、思いやりであり礼儀でもあります。礼儀を自分なりに尽くしていくと、相手の心に伝わらなくっても、相手の霊魂とでもいいましょうか、見えない世界にあるものには伝わります。
見えないといえば、相手には(親は少なくともいないと生まれてこないので、)親がいます。子のいる人もいるでしょう。
自分の子に、自分の親に礼儀を尽くしてくれているというのは、ありがたいものです。
にくったらしい相手に対しても、相手の親への、子への気遣いと思って気持を抑えれば、それはやはり尊い何かにつながっていきます。(それでも抑えが効かない時は余程の時です・・・その憎しみをどうにかしないとなりませんね)
勿論、現実の生身のからだで生きているのですから、見える世界において、目の前の相手と折り合っていく努力と態度は大事です。でも、結果がすべてと思うとやり場のない気持ちを抱えて苦しんでしまいます。
相手の霊魂と守護霊と親御さんに自分の礼が届いていると思えると、思いつめないですみますよ。
合わない人とは仕方ないですよ。
合わないものは合わないんですよ。
それでも、合わない相手にも礼儀尽くす、最低限の礼を払うことは個人対個人の関係においては尊いことだと思います。折り合いをつけるといいますが、折り合えそうな地点を探す努力は、後々の人生にも生かされますし、やって無駄になりません。
時には怒りのポーズをとったり、啖呵を切ったりすることも出来ないとなりません。その方がかっこいいからですね。
「相手がこわくてそんなこと出来ない」
場合によっては女性なら、それもいいかもしれません。(強い女性怒らないでね^^;)女性が弱いというのは、それなりに絵になりますから。絵になるものは存在可能となる強さを内在しています。そう、女性の弱さは強さにもつながるのです。あくまで一貫していればです。時に弱いふりをするのは生きる知恵ではありましょうが、美しさはにじみでませんから・・・。
無闇に喧嘩するのも愚かですが、怒る場面でも怒らないのも軽蔑されかねません。怒った方がトクな場合も、特に男性には多いと思います。
作家の阿部譲二さんの作品が私は好きなんですが、阿部さんがご自身を語った随筆に、相手にばかにされたと感じた場面で発する台詞で
「やくざはやめたが、男をやめたつもりはない」という怒りの名言があります。こんな風に一言で自分の怒りをあらわして男をあげられたら、いいですね。(^^)憧れます。
困ったとき、弱ったときには、はたから見て自分の姿が美しいかどうか、切れがあるかどうか。
そこを生きる基準にしてみると、痩せ我慢でもなんでも出来ることがあります。
美意識は身を助けるといいましょうか。
咄嗟の時に、今自分の取ろうとする行動が美しいか、みっともないか、そこに焦点を絞ってみると、切れ味のいい態度がとれるようですよ。美意識には精神美も勿論含まれます。
察したつもりが、はずしていた(汗)と後でわかっても大丈夫。
その時察しようと懸命に頭をふりしぼり、感性を研ぎ澄まし、魂で感じようと気持ちを鎮め、気合をかけてと、自分の全神経を動員して取り組んだことで成長した以前と違う自分がいます。性格は変わらなくても、成長した直後の人間は輝きが違います。
一瞬の間に察したことも、時間をかけて察したこともすべて、その努力の影が運の貯めになるんですよ。
思いがけず道が開けるというのも、苦境に立たされた時、信念を持って方針を持って動いてみた結果であります。
ある一貫した方針にのっとった行動(時には何もしないということも含め)をする事で、運命が変わると申しましょうか、そう、予定になかったうれしい運命が生まれてくることもあります。
察しをつけて、自分の方針を固く持って行動し、相手の反応にあわせて微調整。
それをやっていくと、はずした時のダメージが、心情的にも運勢的にも少なくてすむものです。それだけでもめっけものですよ。
不意打ちが来るかも!そう構えていれば、撃ちこまれた時に心の態勢を立て直すのも早いでしょう。
人の気持ちというものを気に病むと、精神を病んでしまいます。
誰かに愛されているという実感、誰かに嫌われている実感の持つ力はすごいものです。たとえそれがかんちがいであったとしても、感じてしまった心の発する力というのは恐ろしい威力がありますから。
それと同じぐらいに、『自分は自分の人生を愛している』そこを意識した時の底力もすごいものです。
自分のからだも人生も、神様からの授かりものだと思ってみれば、自分が自分を愛するのも神からの使命、そうミッションですよね。
人間関係の悩みは、うちのペットにもあります(苦笑)一人の飼い主が連れてきた縁のある仲間のはずなのに、仲がよくないんです。お互いの常識が食い違うんで、随分喧嘩がありました。ものの考え方、捉え方が違うので、相手が何を考えているのかお互いに読めないようでした。しかし、どっちも相手に頭をさげなかったので、序列がついての解決にはなりませんでした。行事軍配も毎度あがるカメが変わりました。
どっちもそれなりに才覚のある勝負強さのある二名です。なのでラチがあきません。終わりのない喧嘩に疲れていったらしく(そう察しています)しぶしぶお互いに相手を認めざるおえなくなってきたので、喧嘩は減りました。
仲良しにはなっていませんが、それは無理な注文なので、喧嘩さへ減ってくれれば!お互い怪我さへしなければいい。飼い主の願はそれだけです。(笑)
生きていくのは人も動物も大変ですね。
月曜日、神様からのミッションに忠実に自分の人生を生きているありがたさを忘れずに、怯える心を守ってあげたいと思います。
日本旅行「赤い風船」
日曜・・・祈り、感動。
月曜・・・眠り、怯え。
火曜・・・勢い、冒険。
水曜・・・変化、好奇心、はみだす。
木曜・・・息抜き、何もしない。
金曜・・・綺麗、贈り物。
土曜・・・形どり、そうじ。
月曜のテーマのひとつは怯え。
天敵におびえる小動物のように心細い時が、誰にもあるものです。怯えを心の底にうまく隠して、気取られないように生きていける人とうまく隠せない人、よくも悪くも隠す気はない人、ひたすら怯えまくっている人。抱えている怯えは一緒でも、外から見える姿は一様ではありません。
好きな人、友人、職場、ご近所、さまざまな人間関係があります。
うまくいっていたはずなのに、噛みあわなくなった場合、最初から合わない相手とのことよりも悩みが深くなりますすね。
相手の気持ちがわからなくて不安になる時、先が見通せないと心が怯えてしまって、委縮しがち。
そんな時に相手の気持ちを知りたいというのは人間の心理です。
相手の気持ちがわからないから、わかろうという意識を持ち、察しをつける。そこまでは冷静な対処です。しかし、それが正しい判断なのかどうかに自信が持てなくて迷いが出てくると、堂々めぐりが止まらなくて、目が回ってしまいます。
そこから脱出したいのに出来なくなってしまうのです・・・・・・。
相手の気持ちが見えるぐらいなら、その相手とはうまくいくものです。悩むような関係にはなっていません。
(見えすぎて鼻につく場合は・・・これは別な悩みなので割愛)
相手の気持ちを読み違えていないか、そこばっかりに意識がいきますが、問題は読み違えよりも、自分が正しく読んでいるか、自分に自信がないということに行き着きます。
好きな人だけど相手が見えない。
好きでもないけれど関わらなきゃいけない相手の気持ちが解らない・・・それは人間だけでなく動物の、つまり生きているものにとって大変なストレスです。
どうしたらこのストレスから離れられるのでしょうか。
自分のなかで相手の存在が大きくなりすぎていて一人歩きしていることは、ないですか。
相手の世界に自分の居場所があるのかどうか、そこにばかり気がいってしまい、自分の人生を大切にすることを知らずに忘れてしまっている、そんな状態になっていないか、ちょっと振り返ってみるといいかもしれません。
おのれ自身のことがおろそかになっていると、他人からの攻撃を受け止める力が出て来ないので、負けてしまいます。
人生は戦いだということを忘れて(;へ;)生きていかれたらいいですね。
でも、そういうわけにもいかないのが世の常です。
キメに持っていこうとする時に、勝負服と言いますよね(笑)
勝負ということは戦いです。
恋愛において、スピリチュアル的な無償の愛を注げる心境と自分の心がぴったり合っていれば、勝負など考えなくていいと思います。
しかし、恋愛というのは、無償の恋ではなく、自分の幸せも含めて有償、つまり愛されるという見返りを望んでのことがほとんどではないでしょうか。
ちなみに宝塚歌劇団では、芸名に使ってはいけないという字がひとつだけ(だと記憶しています)あります。なんだと思いますか?
「恋」という字なんですって。
恋は心変わりするものだから、清く正しく美しくの宝塚にはふさわしくないということでした。
恋は突然落ちることも、ゆっくり芽生えることもありますが、自然に実る恋もあれば、育てて保護して頭を使って世話もしてようやく実る恋もあれば、努力もむなしく散る恋もあるんですよね。恋は時に残酷なものです。
恋の虜になっている時に、理性的な心などなくしていることも多いかと思いますが、恋の勝利者になっている人は、今この恋がどう進行しているのか、冷静な判断を暫時くだして、局地的に恋を誘導しています。
つまりどこか事務的に人生の場面を進行させる事が出来る人が恋の勝利者に多いのも確かです。(そんな恋もつまらないかもしれませんが)
更に、事務的な処し方をしながらも、自分自身の人生をとっても大事に出来ている時に、恋が実っているケースが多いようです。自分を愛することを、自分の人生を守ることを決して忘れなければ、恋に翻弄されることがないんです。(それでは恋ではないかもしれませんが・・・)
誰に何を言われようとも、どう思われようとも、自分の人生を自分で損なうようなことはしない。
自分で自分を傷つけない、そういう野性動物に備わっている本能が蘇ってくると、わからなかった相手の気持ちを察することが、出来るようになります。その察しをつけたことが当たっているかどうかは別にして、自分が察したことを、取り入れることが出来るようになるんです。
もし、人の気持ちがわからなくなった時には、相手の立場というものを考えてみることをお勧めします。
自分と関わっている相手が普通の人なのか、悪人なのか、いい人なのか。今が平和な時代なのか、戦争のような非常時なのか。相手が金銭的或るいは精神的に困っていてゆとりのない状態なのか、そこそこうまくいってる時なのか、ウハウハで大天狗の時なのか。
いちいち、面倒なようでも察してみると、ちょっと運勢の風向きが変わってきますよ。
その時大事なのは、相手と自分は思考回路が違う人間だということを忘れないことです。
こういう風に思われたいという思いが、自分自身にはあるものです。
こういう風に自分のことを思っているに違いないという思い込みもあります。
自分で囲っている思考の枠をとりはずせると、見えなかったものが見えてきます。そうなるととても心が楽ですよ。
相手の立場に立って察してみることは、思いやりであり礼儀でもあります。礼儀を自分なりに尽くしていくと、相手の心に伝わらなくっても、相手の霊魂とでもいいましょうか、見えない世界にあるものには伝わります。
見えないといえば、相手には(親は少なくともいないと生まれてこないので、)親がいます。子のいる人もいるでしょう。
自分の子に、自分の親に礼儀を尽くしてくれているというのは、ありがたいものです。
にくったらしい相手に対しても、相手の親への、子への気遣いと思って気持を抑えれば、それはやはり尊い何かにつながっていきます。(それでも抑えが効かない時は余程の時です・・・その憎しみをどうにかしないとなりませんね)
勿論、現実の生身のからだで生きているのですから、見える世界において、目の前の相手と折り合っていく努力と態度は大事です。でも、結果がすべてと思うとやり場のない気持ちを抱えて苦しんでしまいます。
相手の霊魂と守護霊と親御さんに自分の礼が届いていると思えると、思いつめないですみますよ。
合わない人とは仕方ないですよ。
合わないものは合わないんですよ。
それでも、合わない相手にも礼儀尽くす、最低限の礼を払うことは個人対個人の関係においては尊いことだと思います。折り合いをつけるといいますが、折り合えそうな地点を探す努力は、後々の人生にも生かされますし、やって無駄になりません。
時には怒りのポーズをとったり、啖呵を切ったりすることも出来ないとなりません。その方がかっこいいからですね。
「相手がこわくてそんなこと出来ない」
場合によっては女性なら、それもいいかもしれません。(強い女性怒らないでね^^;)女性が弱いというのは、それなりに絵になりますから。絵になるものは存在可能となる強さを内在しています。そう、女性の弱さは強さにもつながるのです。あくまで一貫していればです。時に弱いふりをするのは生きる知恵ではありましょうが、美しさはにじみでませんから・・・。
無闇に喧嘩するのも愚かですが、怒る場面でも怒らないのも軽蔑されかねません。怒った方がトクな場合も、特に男性には多いと思います。
作家の阿部譲二さんの作品が私は好きなんですが、阿部さんがご自身を語った随筆に、相手にばかにされたと感じた場面で発する台詞で
「やくざはやめたが、男をやめたつもりはない」という怒りの名言があります。こんな風に一言で自分の怒りをあらわして男をあげられたら、いいですね。(^^)憧れます。
困ったとき、弱ったときには、はたから見て自分の姿が美しいかどうか、切れがあるかどうか。
そこを生きる基準にしてみると、痩せ我慢でもなんでも出来ることがあります。
美意識は身を助けるといいましょうか。
咄嗟の時に、今自分の取ろうとする行動が美しいか、みっともないか、そこに焦点を絞ってみると、切れ味のいい態度がとれるようですよ。美意識には精神美も勿論含まれます。
察したつもりが、はずしていた(汗)と後でわかっても大丈夫。
その時察しようと懸命に頭をふりしぼり、感性を研ぎ澄まし、魂で感じようと気持ちを鎮め、気合をかけてと、自分の全神経を動員して取り組んだことで成長した以前と違う自分がいます。性格は変わらなくても、成長した直後の人間は輝きが違います。
一瞬の間に察したことも、時間をかけて察したこともすべて、その努力の影が運の貯めになるんですよ。
思いがけず道が開けるというのも、苦境に立たされた時、信念を持って方針を持って動いてみた結果であります。
ある一貫した方針にのっとった行動(時には何もしないということも含め)をする事で、運命が変わると申しましょうか、そう、予定になかったうれしい運命が生まれてくることもあります。
察しをつけて、自分の方針を固く持って行動し、相手の反応にあわせて微調整。
それをやっていくと、はずした時のダメージが、心情的にも運勢的にも少なくてすむものです。それだけでもめっけものですよ。
不意打ちが来るかも!そう構えていれば、撃ちこまれた時に心の態勢を立て直すのも早いでしょう。
人の気持ちというものを気に病むと、精神を病んでしまいます。
誰かに愛されているという実感、誰かに嫌われている実感の持つ力はすごいものです。たとえそれがかんちがいであったとしても、感じてしまった心の発する力というのは恐ろしい威力がありますから。
それと同じぐらいに、『自分は自分の人生を愛している』そこを意識した時の底力もすごいものです。
自分のからだも人生も、神様からの授かりものだと思ってみれば、自分が自分を愛するのも神からの使命、そうミッションですよね。
人間関係の悩みは、うちのペットにもあります(苦笑)一人の飼い主が連れてきた縁のある仲間のはずなのに、仲がよくないんです。お互いの常識が食い違うんで、随分喧嘩がありました。ものの考え方、捉え方が違うので、相手が何を考えているのかお互いに読めないようでした。しかし、どっちも相手に頭をさげなかったので、序列がついての解決にはなりませんでした。行事軍配も毎度あがるカメが変わりました。
どっちもそれなりに才覚のある勝負強さのある二名です。なのでラチがあきません。終わりのない喧嘩に疲れていったらしく(そう察しています)しぶしぶお互いに相手を認めざるおえなくなってきたので、喧嘩は減りました。
仲良しにはなっていませんが、それは無理な注文なので、喧嘩さへ減ってくれれば!お互い怪我さへしなければいい。飼い主の願はそれだけです。(笑)
生きていくのは人も動物も大変ですね。
月曜日、神様からのミッションに忠実に自分の人生を生きているありがたさを忘れずに、怯える心を守ってあげたいと思います。
日本旅行「赤い風船」